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キングコング対ゴジラ
ゴジラとの出会い1962年(昭和37年)

 

 当時はまだ自宅に風呂がある家庭は少なく、夕方になると近所の遊び仲間数人と銭湯に行くのが楽しみのひとつでした。
 それは当然昼間の遊びの続きみたいなもので、湯舟の中で泳いだり潜ったりおもちゃの船の進水式をとり行なったりと私達には大変楽しい一時なのでした。
 そんな銭湯でのもうひとつの楽しみは天井の高い脱衣場の上の方の壁面に貼ってある映画の宣伝ポスターを見ることでした。
 テレビは当然白黒の時代ですから映画ポスターのどぎつい色使いは別世界を覗き見る感じでドキドキしたのを憶えています。
 小学校三年の夏休みも終わりの頃だったと思います。
 いつものように銭湯の脱衣場で服を脱いでいる時、ふと見上げると猿の化け物と大きな恐竜が描かれているポスターが目に飛び込んできました。
 ポスターには真っ赤な力強い太文字でキングコング対ゴジラと書いてあります。しばらく唖然としてポスターに見入る私.......。
 もちろん私の心を捕らえたのは、不細工なおっさん顔のキングコングではなくゴジラの方です。
 それは今まで図鑑などで見た恐竜とは別物で、ゴツゴツした皮膚になんだか珊瑚のような背びれ、鋭い歯が並んだ口からは火炎を吐いているとゆう前代未聞の怪物です。それと総天然色と書いてあるのもワクワクします。
「カッコエエー」、
と思って見ていると、隣で同じようにポスターを見上げていた一つ歳下のしょうちゃんが、「あのなぁ、ゴジラの中には人が入っとってそいつが動かしとるねんで、子供だましや」と、自分も子供のくせに生意気なことをニコニコしながら少し得意そうに言っています。
たぶん母親か父親がそう言っていたのを真似て言っているのでしょう。
「人が入っとってもええからこの映画みたいなぁ.........」
と私が言うと、しょうちゃんもポスターを見上げたまま
「うんうん」とうなずいているのでした。
 その後、入浴もそこそこに家へ飛んで帰り、どうかキングコング対ゴジラとゆう映画を観に連れて行ってくれるよう母親に頼み込んだのは言うまでもありません。
 母は、私の要望を父につたえてくれたようで父の仕事がハンドンの土曜日の夕方、映画館に連れて行ってくれる事になりました。

 その頃、私が住んでいた神戸は路面 電車が三ノ宮のそごう前を中心に東西に走っており、その路面電車のことを私達は市電と呼んでよく利用していました。
 キングコング対ゴジラを上映している映画館は西灘とゆう所にあり、私が住んでいた御影からはその市電に乗って行くのだと母が教えてくれました。
 私はその映画館のある場所は知っていましたが、そんなに遠くまで遊びに行っていることが分かると母に咎められるだろうと思い、知らないふりをして頷いている事にしました。
 いよいよ数日後にはゴジラを見ることができると決まり、私の心は喜びと期待と興奮でパンパンに膨れあがっているのが自分でもよく分かりました。
 私の性格からしてこの喜びと期待と興奮を皆に黙っていることはできません。いつも餌食になるのはしょうちゃん達4〜5人の近所の仲間です。
 さっそく私は皆を集め今週の土曜日にキングコング対ゴジラを見に行くことになったこと、そしてゴジラがいかに恐ろしくも最強の生き物であり、キングコングなどとゆうカッコ悪い猿の化け物などギタギタにやっつけてしまうであろうと大胆な勝敗予測までブチ上げてしまうのでした。
 それを聞いて皆は羨ましそうに
「ええなぁ〜、ボクも観たいなぁ〜」
「ボクもおとうちゃんにたのんで連れていってもらうもん」
「あんな映画見る子はアホやておかあちゃんが言うとったで」色々の意見が交差しワイワイガヤガヤにぎやかに羨ましがられながら、私はどんどん得意顔になり、皆より先に映画を観ることができる喜びにひたるのでした。

 いよいよ映画館に行く日がやってきました。
  もう数日で夏休みが終わると思うと気分は沈んでくるのですが、今日は朝からウキウキソワソワ家の中をうろうろするばかりです。
 その日は早めに夕食をすませ、父が帰って来るのを待って、いざ出発です。
 けっして裕福ではなかったその頃の我が家の経済状態では親子四人(私には三つ下の妹がいます)が外で食事をし映画を観るとゆうことはちょっと厳しかったようです。
 家から少し歩いて市電路まで歩いて行くと、木の太い電柱にキングコング対ゴジラのポスターが貼ってあります。
 少し雨風にさらされ色は褪せていますが、力強い態度で
「やれ来い、観に来い、早く来い」、
と私を誘ってきます。
 膨れ上がる気分の高まりに反して市電の速度はガタゴト遅く、映画館までの道のりが実際の距離より遥かに遠く感じるのでした。
 その映画館は市電を降りると目の前にあります。
 映画館の裏側には水道筋商店街とゆう関西でも大きい部類の商店街があり、私は小遣いを貰うとこの商店街の西の外れにある模型店まで自転車をこいで零戦なんかの模型を買いに来ていました。
しかし今日は模型なんかどうでもいいのです。
 映画館の入り口の横には劇中の写真が貼ってあるようで、私より少し大きいくらいの子供六、七人と男の人二人がガラス越しに覗きこんでいます。私も割り込んで見たいのですが、知らない少年達を押し退ける勇気も無く、少し離れた所から眺めていました。
すると 「おいっ、行くぞ」
とゆう父の声、慌てて入り口の方へと駆出す私でした。
 映画館の狭く古ぼけた待ち合い所には思いのほか沢山の人が上映中の映画が終わるのを待っており、私は座って観れるかどうか心配になってしまうほどでした。
 前の映画が終わるまでまだ十分くらいあるので、終わったら思いっきり走ってまんなか辺りの良い席を確保しようと身構えていました。すると、中から「ギャィ〜〜ン」とちょっと人間の声ではとうてい真似できそうも無い野獣の咆哮が漏れ聞こえてきます。
 扉を開けて覗きたい気持ちをグッっと押さえて待つのは実に辛いものです。
 そうこうしてるうちに映画が終わったらしく扉が開き、どっと人が出てきました。
 人の流れに負けないよう腰をかがめ間をすり抜けて行こうとするのですが思うように前に進めずもたもたしているだけで気ばかりあせってしまいます。
 結局わずか数メートル入った所で視界がひらけると、すでに父が席を確保してこちらを向いておいでおいでをしているのが見え、慌てて席まで駈けて行きました。
 館内を見渡しても立ち見の人はいず、座って観れないのではないかとゆう私の不安は無駄 な取越し苦労でしかなかったのが分かりました。
 館内の電気が少し消え、いよいよ始まるのだなとスクリーンを注視していると、何処かで見た事のあるような店や食堂のスライド写 真が順番に写し出され、女の人の声で宣伝文句が読まれていきます。
 それがしばらく続き、館内が真っ暗になりました。
 今度こそ始まるぞと期待していると、ちょっと割れた大音量で元気よく音楽が流れはじめました。
 するとスクリーンに白黒でどこかの新聞社の旗がはためいている映像が現れ、ニュースが始まるのでした。
 う〜ん、キングコング対ゴジラはなかなか始まらないのです。
 「むむむっ」と思っているとニュースの方は案外早く終わり、いよいよ本編が始まりました。
 東宝三十周年記念なんとかと大きく映り、次に丸枠の中に東宝と書いたマーク、続いてドコドコ太鼓の音が入った土人音楽のようなものが流れだし、バァ〜ンと画面 一杯にキングコング対ゴジラと力強くも赤い不気味な文字が映し出されました。
 いよいよ始まった映画に私はグイグイ引き込まれていき、最後まで呼吸をするのも忘れているのではないかと思えるほどスクリーンに集中していたようです。
 母が途中何度か声をかけたようですが、私はまったく返事もせず、全身で映画に集中していたと後で母が言っていました。
 スクリーン上では話しが進み外国の原子力潜水艦が氷山に突っ込んでいます。
「ギャイ〜ン」とゆう咆哮とともに潜水艦内の天井が真っ赤な炎に包まれ、外人の船員が「ゴジラ!」と叫んで目を見開き驚きの表情を作 っていますが、まだゴジラは姿を現しません。
 その後、南の島でキングコング登場の場面 があり、大蛸と戦ったりしますが、省略してまたまた氷山の場面です。
 一機のヘリコプターが遭難したと思われる潜水艦を捜索していると眼下の氷山が崩れ落ちようとしています。
 その氷山の崩れ落ちた真中に黒い物がうごめいていて咆哮とともに青白い火炎を口からヘリコプターに向かって吐くのでした。
 いよいよゴジラの登場に私は狂喜乱舞逆上凶眼化していくのが自分でも判りました。        
 ゴジラは氷山から現れた後、何処かの軍事基地のようなと所に向かい戦車の集中放火をものともせず上陸し、基地を瞬く間に火の海にしてしまいました。
 恐るべしゴジラです。
 その頃には私は完全にゴジラの虜となり、その一挙一動を食い入るように見つめ、手に汗握り全身鳥肌状態へと突入して行きます。
 一方のキングコングも民家などを踏みつぶしながら暴れまわっています。
 ゴジラとキングコングの対決第一ラウンドは、ゴジラの火炎に驚いたキングコングがすごすご退散、あっけなくゴジラの勝ちとなります。
 ゴジラびいきの私としては当然の結果に大満足。
 その後ゴジラは自衛隊から毒ガス攻撃や高電圧攻撃などをうけます。
 さすがのゴジラも高電圧には少し弱いようですが自衛隊の攻撃なんかモノともしません。
 一方、キングコングは美女を拉致し国会議事堂に登るなどのフラチな行動の末、ゴジラとの最終対決に突入していくのでした。

 最終ラウンドもゴジラ優勢のまま試合は進みますが、有島一郎扮する製薬会社の部長をはじめ人間供はどうもキングコングの方を応援しているようで私はちょっとイライラして来るのでした。
 対決のほうはゴジラが気を失ったキングコングの顔面を強靱な尻尾でバシバシ叩いています。これでゴジラの勝利間違い無しと思って見ていますと、急に空は黒い雲に覆われていきます。
そして稲妻がはしり、キングコングに落雷。
「ん、何だ何だ??」、
と思う間もなく顔を青光りさせながらキングコングがゴジラの尻尾をつかみ投げ飛ばしてしまうではありませんか。
 これはなんだか様子が変だぞと思う間もなくキングコングの怒濤の攻撃が始まります。

 なんとか火炎を吐いて応戦するゴジラですが、復活したキングコングの勢いは留まる事を知らず熱海城を破壊した後、二尾はもつれ合ったまま崖から海へ転落して海中へと沈んでいきました。
 海を見つめる人々.....。
 暫くするとキングコングが姿を現し、南の島に向かってゆっくり帰って行くではありませんか。
 あれっ?ゴジラはどうしたんだ?と観てると「終」の文字が画面に大きく映し出されるのでした。

 その夜は感動と興奮が私の頭の中に満ちあふれゴジラの鳴き声がぐるぐる回りながら鳴り響いていましたが、疲れていたのかすぐに寝入ってしまいました。
 そして大きなゴジラのような怪物に追い掛け廻され、一生懸命走るのですがなかなか前に進まず、何度も踏みつぶされそうになる恐い夢を見る私でした。

 その頃、私の仲間の間で流行っていた忍者ごっこがキングコング対ゴジラごっこに取って変わるのにそんなに時間はかかりませんでした。
 そこらの路地で「ガオガオ、ギャァギャァ」奇声が響きわたる日々が暫く続いていたように思います。
 夏休みも終わり学校が始まってもクラス内の男子生徒はゴジラの話題で盛り上がっていました。
 男子の半分以上はこの映画をみておりあれこれ解説し、意見を交換しあうのです。
 私もいかにゴジラが素晴らしかったか身ぶり手ぶりを交えて力説していましたら、幼稚園の頃から一緒の色黒で生意気な女の子、チエちゃんがよけいな一言、 「そやけどゴジラはキングコングに負けたやんか、海に沈んで上がってこなかったでぇ.....」
 痛い処をつかれ、私は言葉につまってしまいました。
まったく憎たらしい女やなぁ、と思いながら
「あれは、もう勝負はついとったんや」
「雷の力でキングコングは強なったけど、あんなんインチキやわい!」、 とゴジラの肩を持つ私ですが、まったく説得力がありません。
 すると彼女は
「負けは負けやん、ゴジラは海の底で死んどるわ」
と、冷たく言い残し、向こうへ行ってしまいました。
 しかし私もその部分が一番気になるところで、ゴジラは彼女が言うように本当に死んでしまったのか。
  どうして映画会社はゴジラが勝つようにストーリーを作らなかったのか、あれこれ思い悩んでしまう小学校三年生の夏の終りでした。


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