モスラ対ゴジラ
1964年(昭和39年)
当時、漫画本以外まったく読まなかった私は授業中以外に図書室に入る事はありませんでした。
そんな私ですから読書の時間はなるべく絵や写真が多く載っている図鑑なんかを眺めていました。しかしそんなに沢山図鑑ばかりあるわけもなく、その日は読みたい本を捜すふりをして図書室のなかをウロウロしていました。
何気なく本棚を眺めていますと、薄汚れた黒に近い緑色の背表紙に幻想映画史なんとか?と、書かれた分厚い本を見つけました。
その本を手に取りパラパラめくってみると、空飛ぶ円盤や宇宙人の写真が載っています。
なかなか面白そうな本なので席に戻り写真を重点的に見ていくと、ちょうど真中あたりのページ全体に大きくゴジラの写 真が載っているではありませんか。
それは白黒の写真ですが、本じたいが古ぼけて黄色く変色しているのでかなり古い写 真のように見えます。
そのゴジラは右手にセイバー戦闘機をつかみ、ギョロッとした不気味な眼で下のほうを睨んでいるのです。
その恐ろし気な写真をよく見てみるとそれは私が知っているゴジラとはかなり違うように見えます。
姿形はゴジラのそれに違い無いのですが、顔の雰囲気がまるで違い、とくに眼は恐ろしいとゆうより薄気味悪く見ていると気持の底からゾッとしてくるようです。
活字の部分を読んでみると、この映画のストーリーが簡単に紹介してあります。
映画の題名はゴジラ、昭和二十九年東宝作品です。
恐竜の生き残りが水爆実験によって生まれ変わり、東京を襲います。
そして東京はまたたく間に火の海となり、その様子はまるで戦時中の空襲を受けた後のようなありさまで悪夢の再現のようです。
そしてこれは原水爆に対する抗議の意味もこめられた素晴らしい作品でもある。 とゆうような事が書かれていたように憶えています。
原爆や水爆のことは以前母から聞いたことがあります。
母はそれをピカドンと呼んでおり、広島にピカドンが落とされた時、神戸からも西の空が真っ暗になって見えたと言っていました。
そして沢山の人が死んだと、悲しい顔で教えてくれたのを憶えています。
解説を読んでいるとこのゴジラは私の知っているキングコングと戦ったゴジラとはかなりイメージが違うように思え、この映画も是非見てみたいものだと思いました。
しかしすでに何処の映画館でも上映されることはなく、私がこの映画を見る事ができたのはかなり後のことになります。
そんなある日いつものように銭湯へ行き番台で料金を払って振り向くとモスラ対ゴジラのポスターがさんぜんと輝き、存在をアピールしているでわありませんか。
「おおっ!ゴジラ生きとったんかぁ」
実に心の底から喜びが満ちてくる光景に、我を忘れポスターに見入ってしまいう私でした。
ゴジラは今度モスラと戦うようです。
モスラといえばキングコング対ゴジラより一年ほど前にポスターが貼ってありましたが、大きい蛾の幼虫が東京タワーを破壊しているとゆうもので、
「蛾の怪獣なんかあんまりカッコようないなぁ」、
と思っていました。
ですから映画も見ていず、どんな怪獣か知らないのですが、あまり凶暴そうでもないモスラは好きではありませんでした。
この頃は私も小学五年生になっていましたから湯舟で泳いだり、潜ったりするとゆう事も少なくなり、大人しく頭と身体を洗って家に帰りモスラ対ゴジラを見に連れていってくれるよう母に申し述べるのでした。
学校の映画観賞会とか地区の映画会で私は何度か映画を観ていましたが、家族そろって映画を観に行くのはしばらくぶりのことで、やはり家族全員で出かけるとゆうのは実に心からうきうきするものです。
モスラ対ゴジラは今回も西灘の映画館で上映されており、前回のように父の帰りを待って家族四人で映画館に出掛けました。
相変わらず映画館の待合所は古びた感じでトイレの近くは鼻をつまみたくなる程です。
五月の飛び石連休も終り待合所はそんなに混んでいませんから余裕で席は確保できそうなので安心した私はクッションの悪いベンチ椅子にすわりモスラ対ゴジラのポスターを眺めながらじりじりと身体の内側から気分が盛り上がて来るのを感じ、つくづくゴジラが生きていて良かったなと思うのでした。
いよいよ入れ替え時間になり中に入るともう八割方席はうまっていて真中よりかなり後ろか一番前のほうしか空いていません。
前の上映が終わっても席を立つ人が少なかった為で、私はちょっと焦ってぐるぐる周りを見渡し
「いちばん前に座ろ」、
と言うと、父は、
「あんな前に座ったら首しんどうてかなわん」
と、言って後ろの空いてる席に行ってしまいました。
「前の方がゴジラが大き見えてええのに」、
と私は小さな声でぶつぶつ言いながら三人の後に続いて席に着くのでした。
館内が暗くなりこの映画館周辺と三宮周辺の店の宣伝とニュースが終り、いよいよ本編の始まりです。
丸い東宝マークを中心に七色の光りがキラキラ輝いている画面からポスターで見なれたモスラ対ゴジラのタイトルがど〜んと現れます。
真っ赤な力強くも妖しい画面いっぱいのモスラ対ゴジラとゆう文字を見ると下腹とお尻の辺りがもぞもぞし期待で胸がどきどきしてきます。
そして画面はすでに暴風雨の台風状態で大雨と海水に洗われた崖が崩れ、巨大な卵が海中に落ちてゆきました。
開始そうそうこの大迫力
「はよゴジラ出てこい」、 と心の中で叫ぶ私です。
しかし私の願いも空しくゴジラはまだまだ現れないのです。
物語りは日本に流れ着いた巨大卵をめぐりすったもんだし、
小美人に扮したザ・ピーナッツが 「モスラの卵、返して下さい」、 と連呼したりしていますが、悪徳興行師は卵を返そうとせず、成虫モスラに乗って小美人がインファント島に帰ってしまう、とゆうゴジラなし状態でどんどん話しは進んでいくのでした。
そして唐突に、とゆうかやっととゆうか干拓地からゴジラが登場でした。
キングコングともつれ合ったまま海に落ち、そのまま沈んでいた所を埋められてしまっていたのでしょうか?
地中から砂埃とともに尻尾が飛び出し、背びれが現れ、むっくりと起き上がってきます。
そして頬の辺りがぶるぶる震え聞き慣れた咆哮を響き渡らせながら中京工業地帯を破壊し、名古屋城方面 に向かうのでした。
名古屋城ではお掘りで足を滑らせ倒れこみ天守閣を破壊してしまいます。
やっぱりゴジラはカッコイイのです。
しかしさっきから観ていてちょと変だなと思うのは、私の記憶の中にあるキングコングと戦ったゴジラと何か違うのではないかとゆう事です。
キングコングと戦ったゴジラの頬はゆれたりしませんでしたし、もっと下半身ががっちりして安定感があり腕も大きかったように思います。
そして以前のゴジラは横顔がもっと鋭い爬虫類顔だったとゆうことです。
それに以前図書室で見たゴジラともだいぶ違うようですし、どうなってるのかよく分からないまま映画を観ていました。
それでもこのゴジラもこのゴジラなりになかなか凶悪な三白眼とゆれるホッペがリアルで迫力があり、どんどん映画に引き込まれていく私でした。
話しはゴジラから日本を護るためにモスラに助けてもらおうとゆう事になっていきますが、私にしてみればモスラも怪獣であり怪獣が人間を護るなんて大変おかしな話しで、そんな事ありえるはずがないと思っていましたから、この話しの展開に多少の戸惑いを感じながらもこれから始まるであろうゴジラとモスラの戦いに胸を高鳴らせ希代をつのらせるのでした。
ゴジラが流れ着いたモスラの卵に向かって行こうとしているところにモスラの成虫が飛んで来ていよいよ戦いの始まりです。
モスラはゴジラの尻尾をつかみ卵から引き離し、黄色い毒粉を振りかけてゴジラを苦しめます。しかし寿命が尽きようとしているらしい親モスラは意外に簡単に卵を護り、死んでしまいます。
その後ゴジラは海を渡り近くの島に向かいます。
その頃、巨大卵からは双児のモスラの幼虫が生まれゴジラの後を追って海を渡っていきます。
いよいよモスラとの最後の戦いですが、モスラの幼虫は何か頼り無いとゆうか弱そうで、こんなので大丈夫かと心配してしまうほどの芋虫です。
しかしこの戦いは私の考えるようにはいかず、二匹のモスラにゴジラはかなり手こずっているようで、モスラの吐く糸で徐々にがんじがらめにされて行きます。
あれれ?と見ている間にゴジラは真白になって崖から海に転落してしまいます。
キングコングとの戦いに続きまたまた崖から海に転落です。
どうしてこうゆう結末なんでしょうか。
私の隣ではモスラが勝って妹が喜んでいます。
私はモスラがゴジラの尻尾に噛み付き振り回されている時にモスラのつなぎ目が破れていたのを見のがしていません。
どうしてそんな格好わるいモスラが勝つんでしょう。
どうしてそんなモスラを妹は「可愛い!」と言って応援するのでしょう。
ゴジラが勝って日本中がめちゃくちゃになって終わるとゆうほうがよっぽど面白いと思うのに............。
だいたい「怪獣のくせに人間の味方をするモスラなんて大嫌いだぁ〜」、とか色々な事を考えてしまう私でした。
しかしゴジラが負けたのは事実で、インファント島に向かって帰っていくモスラの姿をみながら、私は込み上げて来る悔しさを必死でこらえていたのを今でもよく憶えています。
それでもモスラと戦ったゴジラは素晴らしく、特に迫力のある三白眼が私は気に入りました。
それとモスラはあまり好きではありませんがザ・ピーナツが歌っていた「モスラ〜や、モスラ〜」とゆう曲が頭の中に繰り返し出てきてなかなかいい曲だなぁと、思いながら帰路につく私でした。
キングコングに負け、モスラにも負けたゴジラですが、私のゴジラ熱は一向におさまる気配はありません。
きっと今回のようにゴジラはまた蘇ってくるに違い無いと信じ、次のゴジラ映画を早くも待ちわびる私でした。
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