|
1964年(昭和39年)
モスラ・ラドン・ゴジラ
三大怪獣地球最大の決戦
私はその頃から子供なりに怪獣は絶対的に人間の敵であり月光仮面やナショナルキッドのように正義の味方だったりする事はありえないとかたく信じていましたからモスラの人気が上がっているのがどうも納得できませんでした。
しかしよく考えてみると、モスラを支持しているのは女子がほとんどで男子にはやっぱりゴジラ支持者が圧倒的に多いのでした。
ですから私はその当時うちの近所で流行っていた
「女子供の好きな物、巨人、大鵬、たまごやき」
とゆうことわざの後ろにモスラも付け加えれば良いのでわないかと密かに思っていました。
関西地方のおっさん達は当時から野球チームを応援するなら阪神、南海、近鉄、阪急、相撲取りを応援するなら柏戸、朝潮他、大鵬以外と決定的に心から決めているふしがあり、大の男が巨人や大鵬が好きだと言うと圧倒的な勢いで非難の対象になり、その場に居られなくなるとゆう現象があちらこちらでおこるのを目撃していましたから、このことわざはきっと当時のおっさん達の共同作業で発生したのは明らかだと私は確信していました。
そんなわけで「巨人、大鵬、たまごやき」が好きなのは、女、子供と女々しい男だけとゆうのが近所のおっさん達の常識であったのです。
しかし、その頃のテレビの野球放送は殆どとゆうか全てが巨人絡みの試合で子供達のあいだでは巨人ファン、とくに長嶋ファンが急増し、それが関西のおっさん達の悩みであり怒りの種であったようです。
私もそうゆう近所のおっさん達の話しをよく聞いていましたから、同じような考えで「巨人、大鵬、たまごやき、モスラ」とくり返し自分なりに独り納得していたのを今でもよく憶えています。
「三大怪獣地球最大の決戦」の大きな縦長の看板を見つけたのはかなり寒い日がつづき、その頃流行っていたコンバットごっこもそろそろ辛くなってきたな、と話しながらクラスの仲の良い友達数人と下校途中のことでした。
今までその川沿いの通学路にある電柱に映画の立て看板が立てられたことはなく唐突に現れたその看板は真新しくもピチッと貼られたポスターが冷たい風なんかなんのそのとゆう感じで傾いた午後の光りを反射していました。
私は思いのほか早く復活したゴジラと始めて見るキングギドラとゆう三つ首の怪獣をながめながら、早くもこの映画への期待感から気持の奥底がざわざわと沸き立たつのを感じていました。
新しい怪獣とおもわれるキングギドラの顔は祭りの時に出るだんじりの飾り彫りや墨絵に描かれている龍によく似ており身体は西洋のドラゴンのようで多少違和感をかんじますが、それなりに強そうで悪そうでゴジラの敵としては不足はないとおもわれ期待できそうです。
しかしちょっと気になるのはそこに愛と平和の怪獣モスラの姿もあることで、また人類のためとか言ってゴジラ達と戦うとゆうのは嫌な展開だなぁと思うのですが、この映画にはラドンとゆう鳥獣も出ているようで四匹の怪獣が暴れまわる姿を想像すると、この映画はとてつもなく面
白いものであろうと思われ気持は早くも映画館に飛んで行ってしまうのでした。
例によって家族そろっていつもの西灘の映画館に出掛けたのですが、今回は年末とゆうこともあり館内は混雑しており立ち見になってしまいました。
いちばん後ろの席の後ろにある鉄さくにもたれて見るのですが、妹はまだ背が低いので見辛そうでちょっと可哀想です。
それでも映画が始まってしまうと妹も私も立っていることを忘れ映画に集中していくのでした。
ストーリーは異常気象がつづくなか山中に巨大隕石が落下したり金星人と称する女性が街頭演説したりと進んでいきますが例によってゴジラはなかなか現れません。
金星人と自称する女性が地球の危機をうったえたり予言したりしていると、まず阿蘇山の火口からラドンが現れ、続いて大平洋からゴジラが出現します。
そしてゴジラとラドンの戦いがくりひろげられますが、その頃山中に落下した隕石の中からキングギドラが出現し破壊のかぎりを尽くしだします。
そうすると人類はまたまたモスラに助けを求めるとゆう私にとっては最悪の暴挙にでるのです。
人間側の頼みにモスラ側は、モスラ一匹ではキングギドラには勝てないが、ゴジラとラドンが協力してくれれば勝てるので、モスラがゴジラとラドンに協力してくれるよう頼んでみると言い出すではありませんか。
あんまりな話しの展開に私は唖然と画面を眺めているだけです。
それでも話しは無情にもどんどん進んで行き、戦っているゴジラとラドンをモスラが説得する場面 へと突入していくのです。
モスラが「キーッキーッ」言いながらゴジラとラドンを説得します。
ゴジラとラドンはおかまいなしで戦いを続けます。
モスラはそれでも説得をつづけ、それにゴジラ、ラドンが耳をかたむけだします。
そしてゴジラがモスラの説得にいやいやをしています。
またそれをザ・ピーナツ扮する小美人がいちいち「ゴジラは嫌だといってます」とか御丁寧に通 訳しています。
あげくのはてに、ゴジラは当時はやっていた赤塚不二夫のおそまつくんにでてくるイヤミの十八番のシェーをして後ろにボテッとひっくり返ったりしてしまいます。
館内は爆笑の渦なのですが私はなんとも哀しい気持になり、心の中で今まで積み重ねてきたゴジラへの思い入れがガラガラ音をたてて崩れていくのを感じていました。
あまりに酷い出来事に私はその後の話しがどうなったのかもよく分からず、気がついた時にはゴジラとラドンが海上をインファント島にむかって帰って行くモスラを名残惜しそうに見送るとゆうこれまた酷い場面
で映画は終わろうとしていました。
なんとも言えない哀しい気持につつまれながらの帰り道、私があまり元気がないので母が疲れたのかと気にして聞いてくるほどでしたが、長時間立っていたのでそれはしかたがない事だろうと父も母も思っているようでした。
私はべつに疲れていたわけではないのですが、せっかく連れて来てもらった映画が面 白くなかったとは言えず疲れた事にしておこうと思いながら歩いていました。
六甲山から吹き下りてくる風は結構強く冷たく、電柱にくくり付けられた「三大怪獣地上最大の決戦」の立て看板をガタガタゆすっていました。
私はそれを見ながら、もう次のゴジラ映画は見に来ないだろうなと、思うのでした。
|